【低酸素施設でのトレーニングは本当に効果があるのか?】 『高地トレーニングの実践ガイドライン』Vol.088 青木純一郎ほか・著
日ごろは通常の環境(常圧常酸素)で平地をランニングし、トレーニングを行う時だけ低酸素環境でランニングをした場合には競技成績にどのような結果が生じるか?
本日の一冊は、『高地トレーニングの実践ガイドライン』 。おそらく国内では2冊しかない高地トレーニングについてのスポーツ医科学的研究結果を記した専門書です。
出版は、2011年。
本書の特徴は高地トレーニングだけでなく低酸素施設の利用についても述べられており、スポーツ競技種目別に陸上競技から水泳競技、スキー競技クロスカントリー、スピードスケート、バイアスロンまで高地トレーニングの成果を解説している点でしょう。
低酸素環境を利用してトレーニングを行う場合には、低酸素環境での運動が身体に対してどのような影響をもたらすかを生理学的に捉えておくことが必要です。
しかし、登山者やランナーでトレーニングを始める前に担当者にアドバイスを仰いでも、専門書で学ぶ人は少ないのではないでしょうか。本書は2,400円ですが、低酸素施設でのトレーニングは1回あたり3,500円、週に4回通えば14,000円とジムの平均月会費以上にもなるのに、概論を学ばずにはもったいない話です。
たとえば、高所環境下で軽く運動した場合と激しく運動した場合、じっとしていた場合とでの違いに関心はありませんか?
高地トレーニングはマラソン金メダリストの高橋尚子さんや有森裕子さんらを始め、プロランナーの強化トレーニングとして、低酸素施設は海外登山にチャレンジされる人の「高地馴化」を目的としたトレーニングとして利用されてきました。某アウトドア用品店の専門スタッフによれば、最近は一般市民ランナーの間でも取り入れる人が増えているそうです。
実際、私も2016年8月に南米ペルーで行われる世界最高峰のスカイフルマラソン出場のために、現在は週に1度、低酸素施設でトレーニングを行っています。大会の平均標高は3,800m、最大標高は4,500mにも上ります。そのための心肺機能強化の目的もありますが、一番はレース中に急性高山病になることを未然に防ぐためです。
さて、施設では比叡山インターナショナルトレイルラン大会の前に何人かランナーにもお会いしました。同大会は最大標高でも848m。富士登山競争に出場するならまだしも、果たして低山で開催されるレース出場のために低酸素施設でトレーニングする必要があるのか、そう疑問に思われる方もいるかもしれませんが、詳しくは本書にあります。
私が利用する低酸素施設は富士山よりも高い3,800mで一律設定されていますが、「初めての場合はどのぐらいの高度で行うことが無難か」についても述べられています。
将来的に高所登山にチャレンジ、あるいはスポーツ競技のパフォーマンスを高めるために低酸素施設でのトレーニングをお考えの方は、ぜひチェックしておいてください。
▼本書より
Dilil(1971)が高校陸上選手6名を標高3,090mで17日間トレーニングしたところ、最大酸素摂取量に4.2パーセントの増加がみられたことなどが報告されている。
標高2,500mに4週間住んで、トレーニングは標高1,250mのところで行うと5,000mの競技成績が最もよく向上したということである。標高2,500mのところに住み、すこでトレーニングした群では成績の向上がみられず、平地に住み平地でトレーニングした群も成績に変化はなかったと報告している。
3泊4日の短期的高地トレーニングは、従来からの高地トレーニングに準ずる効果がある。
低酸素環境(14.5%O2)では心拍数が10~20拍/分高くなり、動脈血酸素飽和度は運動後では85~83%に低下し、血中乳酸濃度の上昇は常酸素の場合より急激であることを示した。
低酸素環境では、安静レベルですでに動脈血酸素飽和度の低下がみられ、運動によって動脈血酸素飽和度の低下が著しくなることが特徴的である。
運動中の動脈血酸素飽和度は、トレーニングの進行にともない、低下の割合が少なくなり、心拍数の水準も下がり、血中乳酸濃度も低い水準で運動が遂行されるようになった。注目すべきこととして、血糖値の利用が少なくなり、代わりに血中アミノ酸の濃度が高まることによって、代謝系に変化が生じたことが示された。
低酸素環境を利用したトレーニングでは、有酸素的能力をカイゼンするとともに、無記的エネルギーを産生する機序に刺激を与え、無気敵作業能力を改善することに有効である。
体内の鉄が欠乏していると、赤血球が作れないため血液量が増加しない。つまり、高地トレーニングの効果が十分得られないわけである。
【低酸素施設でのトレーニングは本当に効果があるの?】
『高地トレーニングの実践ガイドライン』Vol.088 青木純一郎ほか・著
▼目次
1章 陸上競技の高地トレーニング
陸上競技における高地トレーニングへの関心と研究の経緯
高地トレーニングの再開の背景
日本陸連の高地トレーニング
競歩の高地トレーニング
短期的高地トレーニング
高地トレーニングの成果
2章 水泳競技の高地トレーニング
水泳と高地トレーニング
高地トレーニングの環境と条件
これまでの高地トレーニングの成果
マクロ・トレーニング計画
ミクロ・トレーニング計画
トレーニング効果の評価:血中乳酸カーブテスト
コンディション管理
3章 スキー競技クロスカントリーの高地トレーニング
クロスカントリースキーの競技特性
期待される高地トレーニングの効果
高地トレーニングの概要
トレーニングの管理
コンディションの評価
常圧低酸素環境システム(低酸素テント)の利用
4章 スキー競技・ノルディック複合の高地トレーニング
5章 スケート競技・スピードスケートの高地トレーニング
6章 バイアスロン競技の高地トレーニング
7章 低酸素施設の利用
[1]低酸素施設での生活
従来型高地トレーニングの問題点と新しい高地トレーニングの考え方
低酸素施設での滞在による生理・生化学的効果
パフォーマンスへの効果とそのメカニズム
低酸素施設滞在における問題点と今後の課題
[2]低酸素施設でのトレーニング
低酸素環境での最大運動
低酸素環境での間欠的運動
低酸素環境を利用した持久的トレーニング
[3]低酸素施設を利用したトレーニング
常圧低酸素室の試作とトレーニングの有効性についての検討
実験室から現場への応用
低酸素室酸素濃度の検討
オリンピック1ヵ月前の低酸素トレーニング
オリンピック直前の低酸素トレーニング
低酸素トレーニングの繰り返しによる7年間の効果
8章 高地トレーニングと健康チェック
管理人:トレイルランナーズ大阪代表、米国UESCA認定ウルトラランニングコーチ。大阪府生まれ。日本では数少ないマラソンとトレイルランニングの両面を指導できるランニングコーチ。大阪府出身。2012年に起業、実践と科学的知見に基づいた指導は「具体的でわかりやすい」と初心者の指導に定評がある。歯に衣を着せぬストレートな物言いが評判。
自身も現役のランナーで過去15年間で100大会以上に出場をし、ランニングを通じて日本中・世界中を飛び回るという「夢」を実現し、28か国30地域のレースに出場。
2012年から『はじめてのトレイルラン』教室を開講し、1万人超が体験する人気に。山でのマナーや安全な走り方の啓蒙活動にも注力し、グループで走る楽しさを伝え続けている。