2020年、56年ぶりに開催される東京五輪。
特に熱い注目を集めているのが、かつてはお家芸と呼ばれ、高橋尚子や野口みずきの金メダルをはじめ、メダルを量産してきたマラソン種目だ。しかし、ここ2大会は、圧倒的な潜在能力を誇るアフリカ勢の台頭もあり、メダルは遠のくばかりである。近年の凋落傾向に歯止めをかけ、日本選手がメダルを獲得する可能性はあるのか?
そんなことを考えていたら、ちょうど登場したのが本日ご紹介する、『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』。発売初日に一瞬、Amazon.co.jpで「7~8週間待ち」表示となった、話題の新刊です。 国内ではマラソンもすっかり定着し、市民ランナーも増え、それだけ東京五輪マラソンに向けて関心度のある読者も多いということでしょう。
著者は、東京農業大学で1年生のときに箱根駅伝10区に出場。大学卒業後に、ほどなく新進気鋭のスポーツライターに。著者の緻密な取材と冷静な分析が面白い。過去の日本マラソン界の歴史まで振り返れるのですから、新書で780円ははっきり言って安いです。
とにかく興味深い考察で、気づけば付箋だらけになってしまいました。最近、日本のスポーツ業界ではラグビーが躍進中ですが、31人中10人が外国人選手。同じようにマラソン界で外国人選手が活躍する可能性は?そのことについても取り上げられています。
肝心の部分を列挙してしまうとネタばれになってしまうので、そのいくつかだけ挙げてみましょう。
▼ここから
プロのランナーたちは、中途半端なキャリアよりも、お金を基準に自分の力を発揮すべき場所を選んでいるからだ。
賞金や出場料で稼ぐプロランナーにとっては、世界選手権はさほど魅力的な舞台とはいえないのだ。
宗コーチの話を聞いたときに、夏のマラソンを戦うのに、冬のマラソンで代表選手を選考することはナンセンスだなと感じざるをえなかった。
瀬古は1979年12月の福岡国際から、引退レースとなった1988年のソウル五輪まで11レースを走り、負けたのはオリンピックの2回だけ。当時”世界最強のマラソンランナー”だったと言っていいだろう。
「田中智美が世界で戦うには力不足なのは謙虚に受け止めねばと思いますが、今回の選考理由はまだ受け入れられません。」と書き込んでいる。選考する立場の人間が納得できないような選考でいいわけがない。
以前から米国のように「一発選考」がいいのでは?という声もあるが、複数の大会を選考レースにしているのは、テレビの放映権や大会スポンサー料も絡んでいる。
日本陸連としても、貴重な「収益」(強化費用)に悪影響が出るのは望まないし、広く露出するという意味では、1つのレースよりも複数レースの方がマラソン人気につながるという考えではないだろうか。
主役であるはずの選手が納得できて、しかも世界で戦える選手を選ぶ、選考基準を設けることが、オリンピックの「メダル」につながると思っている。
大学の指導者も箱根で勝負することだけを考えるのではなく、箱根の走りがマラソンにつながることを教えるべきだろう。
現状、日本ではアフリカ勢ランナーの帰化申請の話は聞いたことがない。しかし、日本の帰化条件をチェックしてみると、①5年以上日本にすんでいること、②年齢が二十歳以上であること、③素行が善良であること、④日本で暮らしていける経済力があること、などで実業団チームに所属するケニア人ランナーは”該当者”がたくさんいる。
優勝争いには加わらず、「4位」を目指せ!世界大会における金メダルと銅メダルのタイム差と、3位と4位のタイム差も示してみた。1位と3位の差、すなわちメダルの色を隔てる差は間延びしている。反対に3位と4位の差、メダルの有無については、僅差になっている。優勝を諦めた時点で、「メダル確保」のレースに切り替えたと考えられる。前をそれほど追いかけていないのだ。
日本人はアフリカ勢の高速スパートを無視して、常に4位を見つめてレースを進める。そこまでは「チームジャパン」として集団走で臨むのも効果的だ。4位まで浮上できれば、メダルまでは数十秒差。大声援が後押しする東京五輪なら”奇跡”が起きるかもしれない。
ナイキ・オレゴン・プロジェクトには、スプリントコーチ、理学療法士、フィジカルトレーナーなど各選手にスペシャリストのコーチがそれぞれついており、専門家がマン・ツー・マンで指導している。そして、トレーニングの特徴としては、「設定ペース」が速いことにある。
日本は長距離選手のスピードに対する意識が薄すぎます。私の現役時代もそうでしたが、『スピード』よりも『距離』を重要視していました。でも、これからは、長距離選手も短距離的な動きが必要な時代です。
▲ここまで
個人的には、夏場に行われる東京五輪で、「暑さにめっぽう強い選手は?」と尋ねられたとして、ぱっと思い浮かぶ選手がいないことが問題に思います(数人候補がいても、ケガや故障を患っていたり)。夏の東京の蒸し暑さといえば、ほかの国と比較しても独特の暑さですので、どの選手にも失速する可能性があると考えれば、逆にチャンスともとれます。
「ナイキ・オレゴン・プロジェクトには、スプリントコーチ、理学療法士、フィジカルトレーナーなど各選手にスペシャリストのコーチがそれぞれついており..」とありますが、トレイルランニングの世界もしかり。キリアン・ジョルネ、セバスチャン・セニョー選手。時折映像やフェイスブック画像でも場面紹介されますが、世界のトップ選手には、専属のコーチが複数ついています。トレーニングからメンタル、身体のケア、食生活まで、それら複数の専門分野を一人のコーチが受け持つことは、難しいです。海外選手は、それらを上手く役割分担し、レースの成果に繋げているように思います。
今も成長を続けるアフリカ勢と最先端の科学トレーニングで猛追するアメリカ。日本も旧態依然のトレーニングから脱却し、結果を出している国から積極的に学ぶべきです。
これは、2020年の東京五輪マラソンを楽しむ上で必読の一冊でしょう。
『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』酒井政人・著 Vol.55
◆目次◆
第一章 北京世界選手権のマラソンが惨敗した理由
第二章 日本はかつて「マラソン王国」だった
第三章 マラソン高速化の波に残された日本
第四章 駅伝がマラソンをダメにしたのか?
第五章 東京五輪で活躍が期待される有望選手たち
第六章 東京五輪のマラソンでメダルを獲得する方法
管理人:トレイルランナーズ大阪代表、米国UESCA認定ウルトラランニングコーチ。大阪府生まれ。日本では数少ないマラソンとトレイルランニングの両面を指導できるランニングコーチ。大阪府出身。2012年に起業、実践と科学的知見に基づいた指導は「具体的でわかりやすい」と初心者の指導に定評がある。歯に衣を着せぬストレートな物言いが評判。
自身も現役のランナーで過去15年間で100大会以上に出場をし、ランニングを通じて日本中・世界中を飛び回るという「夢」を実現し、28か国30地域のレースに出場。
2012年から『はじめてのトレイルラン』教室を開講し、1万人超が体験する人気に。山でのマナーや安全な走り方の啓蒙活動にも注力し、グループで走る楽しさを伝え続けている。